東京高等裁判所 昭和53年(く)103号 判決
被告人 黒田雄二
〔抄 録〕
記録によれば、原裁判所は、覚せい剤譲渡の事実につき昭和五二年三月二六日に、覚せい剤所持の事実につき同年四月二一日に各勾留され、その後勾留されたまま起訴されていた被告人に対し、同年六月二日保証金を八〇万円と定めて保釈許可決定をし、翌六月三日被告人の弁護人から右保証金が納付され、被告人は同日釈放されたこと、検察官は、昭和五三年一月二五日被告人が同日の判決宣告期日に正当な理由なく出頭しなかったとして保釈取消の請求をし、原裁判所は同日右請求を容れ被告人が刑訴法九六条一項一号に該当したとして被告人に対する保釈許可決定を取り消し、保釈保証金八〇万円全額についてこれを没取する旨の決定をし、右決定は、同日検察官に、同年二月一日被告人にそれぞれ送達されたこと、被告人は同年三月一四日収監され、同月二三日原裁判所において懲役二年八月の実刑判決の言い渡しを受けたことが認められ、右事実によれば、被告人に対する保釈許可決定は、被告人に対する実刑判決の宣告があったことにより、その効力を失ったことが明らかである(刑訴法三四三条参照)から、現段階において保釈取消決定に対して不服申立をすることは、もはやその実益がなく、許されないと解されるので本件申立中保釈取消決定の取消を求める部分は失当であるといわなくてはならない。ところで本件抗告申立人は、原裁判所がした保釈保証金の没取に対しても不服の申立をしていると認められるところ、保釈保証金の没取は、保釈取消決定を前提としており、またこれと同時になされるのが通例であるけれども、保釈の取消とは別異な裁量によって、被告人が刑訴法九六条一項所定の事由に違反し、保釈を取り消されたことに伴う制裁として行なわれるものであって、保釈取消決定とは別個、独自の決定であり、同決定は保釈取消決定の失効にかかわらず有効に存続すると認められ、したがって、保釈保証金の没取に対しては、保釈取消決定に対する不服申立とは別個に不服の申立をすることができると解されるから、当裁判所はさらに右の点についても判断することとする。
記録および当審における事実取調の結果によれば、被告人は昭和五二年六月三日に釈放された後保釈申請に際し身柄引受人となり保釈保証金八〇万円を貸してくれた山田勲が経営する魚屋の手伝いなどをし、原審第一回ないし第三回公判期日にいずれも出頭し、第四回公判期日には病名を心不全とする裁判用診断書を提出して出頭しなかったが、第五回公判期日には出頭したこと、第六回公判は判決宣告期日として昭和五三年一月二五日午前一〇時に指定されていたところ、被告人はその前夜から体がだるいと訴えて前記山田勲方に泊めてもらったが、翌一月二五日の朝方から高熱が出たため同日午前九時ころ自己の弁護人に電話で、高熱のため数日公判期日をのばしてもらいたい旨連絡したところ、同弁護人から、公判担当の検察官に電話をするように指示されたので、同日午前九時四〇分ころ同検察官へ電話をかけ、同趣旨の申入れをしたが、その了解を得られなかったこと、被告人はその後裁判所へ連絡することなく当日の公判には出頭しなかったこと、担当検察官は被告人が不出頭の理由として主張する発病の事実につき特段調査することなく、その当日である一月二五日に原裁判所に対し、被告人から担当検察官に対する連絡として「今日の期日には出頭できません。弁護士に連絡したら自分で連絡しろと言われたので電話しました。身体がえらくて動けないのです」と記載された同日付担当検察官作成名義の電話聴取書のみを添付して保釈取消請求をし、原裁判所は特段の事実取調をしないで検察官の請求を容れ、同日保釈取消ならびに保証金八〇万円全額の没取決定をしたことが認められ、以上のように被告人が無断で裁判所に出頭しなかったのは昭和五三年一月二五日の公判期日が初めてであること、被告人は右公判開廷時間の僅か二〇分前ではあるけれども、担当検察官に一応の連絡をしていること、検察官は被告人が主張する発病の事実につきいっさい調査をせず保釈取消請求をし、原裁判所もまた右の点について事実取調をしていないことなどの諸事情を考えると、原裁判所が、被告人が前もって届出ることなく一回出頭しなかった故をもって、直ちに保釈保証金全額を没取したことは、結局その裁量を誤ったものというほかないから、結局原決定中「保釈保証金八〇万円を全部没取する」旨の部分は刑訴法九六条二項の解釈・適用を誤ったものとして取り消しを免れない。
(小松 千葉 鈴木)